MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)
「ボサノヴァ」という単語はかなり一般にも浸透した言葉だと思うのですが「MPB」(エミペーベーと読む)はというと回りを見渡しても知っている人はかなり限られてくると思います。でもボサノヴァを良いと思った人ならぜひ一歩踏み込んでこのジャンルも聴いてみてください。ブラジルには他にも、サンバ、ショーロ、バイーア、ノルデスチ等ブラジル特有の音楽が沢山ありそのどれもが素晴らしいのですが、ボサノヴァを気に入ったあなたにはまずやはりMPBを聴くことをお薦めします。無理矢理かんたんにMPBを説明すると、「ボサノヴァ以降に、ボサノヴァに影響を受けながらも他ジャンルの要素を取り入れながら進化を遂げた、ブラジルならではのポピュラー・ミュージック」という感じでしょうか。だからボサノヴァと比べるとアーティストによりフィーリングはさまざまで、いちがいに「これがMPBだ!」というような顕著なスタイルはありませんし、アーティスト数もかなり多いです。ですのでこの章で紹介するアーティストは、単に僕がお気に入りのMPBアーティストなだけかもしれませんが、どのアーティストもブラジルという枠を越えて、音楽を好きな人なら絶対聴いて損はない凄い人達です。
僕を魅了し続けるMPBアーティスト達
こちらの順番は僕の「書きたい度」の高い順番で紹介することにしました。(決して一般的重要度とは関係ありません。)
エリス・へジーナ(Elis Regina)
僕が最も愛する女性歌手。小柄な体からは想像もつかないほど強烈なエネルギーを発散する歌唱は、多くのブラジル人を魅了しました。とにかく聴いたことのない方は一聴することをお薦めします。この人の凄いところはパワフルに爆発することもできる半面、しっとりとした楽曲も誰にも真似出来ないほどクールに歌い上げることのできる天才としか言い様のない表現力にあると思います。エドゥ・ロボやイヴァン・リンス、ミルトン・ナシメント、ジョアン・ボスコら現在では大御所のMPBアーティストの楽曲をいち早く取り上げ、自らの圧倒的なヴォーカルで聴衆に紹介した功績も大きいです。1982年にわずか37歳でこの世を去っているのですが、僕のなかで「一度は生のライヴを見たかったと思わせる度」ナンバーワンのアーティストです。
『エリス・へジーナ・イン・ロンドン』
1969年、ホベルト・メネスカルのバンドを従えヨーロッパをツアー中ロンドンのビッグバンドをバックにたった一日で録音されたという奇跡的なアルバム。「ウッパ・ネギーニョ」「ザズエイラ」というお馴染みのレパートリーが並びますが、目玉はなんといってもホベルト・カルロス作「シ・ヴォセ・ペンサ」につきます。クラブシーンで一躍人気曲になった感がありますがとにかくグルーヴィーで、一聴しただけで虜になってしまいます。
『エリス&トム』
エリスの最良の「静」の部分がジョビンの好サポートにより出たボサノヴァ名曲集。非常にダウナーな作品なので上記「イン・ロンドン」等の「動」の部分が気に入った人には地味過ぎるように感じられるかもしれませんが、これぞ大人の世界。一曲目「三月の雨」は恐らく、多数存在するこの曲のベストテイクです。
カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)
ロックリスナーに最もお薦めしたいMPBアーティスト。ジョアン・ジルベルトに影響を受けながらも、ジョアンにはなかった英米ロックの要素を取り入れブラジル音楽の可能性を押し広げました。60歳を越えた今でさえ、常に新しいことに挑戦し続ける姿勢もロックリスナーに共感できる部分ではないでしょうか? 常に「今」がキャリアの頂点ではないかと思わせるうなぎ登りの作品の完成度は留まることを知りません。1997年の来日ライヴ公演ではパフォーマーとしても超一級品であることを証明しました。ルックスも若々しくカッコイイことこのうえないです。
『ドミンゴ』
多面性のあるカエターノですが、ボサノヴァファンにお薦めするとなるとやっぱこれでしょうね。特に彼自身の名曲、1曲目「コラサォン・ヴァガヴンド」は必聴です。同じバイーア出身のガル・コスタと共に自作のボサノヴァを中心に歌っています。
『カエターノ・ヴェローゾ』
1985年ニューヨークで録音された、全編ほぼカエターノの弾き語りによるアルバム。彼の代表曲が声とギターという最小限の表現手段によって演奏されているのでそれぞれの曲の美しさがストレートに伝わってきます。5曲目ではボサ・メドレー、6曲目ではなんとマイケル・ジャクソンの「ビリージーン」〜ビートルズの「エリナ・リグビー」をメドレー演奏しています。
ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)
最初僕はハービー・ハンコックとの共演盤かなにかを聴いて「うんうん、いいんだけどいまいちインパクトに欠けるなぁ。ちょっと落ち着いてるなぁ。」なんて感想で、長い間そんなに意識してなかったのですが、ある日『ミナス』というアルバム聴きぶっとんでしまいました。なんなのでしょうこれは。なんでこんな凄いアルバムが国内盤で紹介されてないのだ!(その当時まだ国内盤は出ていなかった、1975年のオリジナルリリースから1997年まで22年間も。他にもブラジルにはこんなアルバムがまだまだあるに違いない)。間違いなく直近何年間かに聴いた音楽のなかで一番凄かった。毎日毎日3ケ月位聴きまくった。この日々が終わる日は来るのかとまで思った。こんなに美しくかつ力強い音楽があっていいのか。僕は今までブラジル音楽の何を聴いてきたのだろうと思った。それほど凄いアルバムだったのです。ミナス派といわれる同郷の仲間達と創りあげた独特のサウンドは他にない感触を持っていました。このフィーリングは多分にロックに近いものに僕には思えます。それでいてロックにはない複雑なコード感や音色。このアルバムのサウンドはいくら演奏が上手な人が真似ても再現出来ないものです。実際ミルトンはアメリカのフュージョン・ミュージシャン達とも共演してますがなんか違うのです。僕はミルトンを、というより『ミナス』というアルバムを愛しているのかもしれませんが、とにかく重要なアーティストということは間違いがありません。
『ミナス』
というわけでもちろん推薦するのはこれです。とにかく一度聴いてください。それしか言い様がありません。ただ、この作品はけっしておしゃれなBGMにはならないことを付け加えておきます。例えて言えばジョン・レノンの『ジョンの魂』を聴くときのように、「ながら」ではなく歌詞カードを見ながら集中して聴くことを要求してくる「深い」アルバムです。そういうこともあり、クラブ系好きの方々には無視されているような気がします。
『クルビ・ダ・エスキーナ』
『ミナス』の次に聴くべき重要作品。『ミナス』に先駆けること3年前の1972年に白人シンガーソングライター、ロー・ボルジスと作り上げた美しい世界。ミナス派の仲間達も全面参加。この音世界はきっとネオアコ好きの人にぐっとくると常々思っているのですが僕だけでしょうか?後にエリスが歌い有名になった曲も多数収録。ミナス派を語るには決してはずせない名盤です。
ロー・ボルジス(Lo Borges)
前記のミルトンと共に行動を共にしていた「ミナス」派のシンガー・ソングライター。ちなみにミナスとはブラジルの内陸部の地方名ミナス・ジェライスのこと。ミナス派とはミナス・ジェライスで気の合った仲間が作っていた音楽的集まりのことです。ミルトンの『ミナス』を聴いてもらえば一発で雰囲気がわかると思うのですが、彼らの音楽は複雑なハーモニー感覚と内陸部ならではの少し陰りを帯びた感触が、リオやバイーアの音楽の「海」を感じさせる音とは違ったサウンドを持っています。同じミナス派でもミルトンが黒人ならではのソウル的な感覚を持っているのに対し、ローの音楽はよい意味で白人的なポップ感覚を持っています。ブラジル的、サンバ的な感覚はミルトン以上にほとんど無いといっていいでしょう。このことは逆にローの音楽には、ロックファンにも聴きやすい入り口を持っているといえます。
『ロー・ボルジス』
上記の『クルビ・ダ・エスキーナ』と同じ1972年に製作されたロー・ボルジス単独名義のファーストアルバム。とはいえミナス派の仲間は全面参加で『クルビ・ダ・エスキーナ』と似た世界を聴かせます。何がミルトンのアルバムと違うかと考えると、やはり白人的な淡泊さでしょうか。ミルトンの声と作品は非常に深淵な「神からの声」という感じがするのに対しロー・ボルジスはもっと身近な「青春」を感じさせる作品を作るように思います。
トニーニョ・オルタ(Toninho Horta)
日本にもファンが多いギタリスト。ギターと一体化した独特のヴォーカルも聴かせます。彼のハーモニー感覚がミナス派の音楽のかなり重要な部分を握っていると思います。特に『ミナス』に入っているトニーニョ作の名曲「ベイジョ・パルチード」は見事。パット・メセニーにも影響を与えていて、パットの音楽のブラジル的に聞こえる部分はほぼトニーニョ的と言っていいほどだと思います。開放弦を多用した美しい彼のギターのコードハーモニーはギタリスト必聴です。
『テーハ・ドス・パッサーロス』
ブラジルでのファースト・ソロ・アルバム。現在でも演奏される代表曲達がミナス派の仲間達とのバンド・サウンドで聴けます。最近のライヴや作品は弾き語り主体なのでこれがけっこう貴重。ミルトンのような「強い」声を持たない代わりにトニーニョには誰にも真似の出来ない耽美的なギターサウンドがあります。エレキ・ギターを弾きまくるトニーニョを聴けるのもうれしい。
シコ・ブアルキ(Chico Buarque)
このアーティストの本質を知るにはポルトガル語を知らなければならないのかも知れませんが、対訳を読みながら聴いても彼の文学的な詞世界は、ちゃらちゃらしただだっ子のような日本のヒットソングとは異次元の大人の世界を教えてくれます。非常に変わった声質なのでヴォーカルの上手さを求める方にはとっつきにくいかもしれませんが、とにかくソングライターとしては他のMPBアーティストとは一味違う独自の世界を持っている優れたアーティストです。ブラジル大衆にも人気が高く、デビューしたときにはサンバの名ソングライター、ノエル・ホーザの再来と称賛されました。
『シコ・ブアルキ・ヂ・オランダ Vol.2』
シコ・ブアルキの初期の4枚はRGEというメジャーではないレコード会社から出ていて、少し入手しにくいかもしれませんがちょっと探してみてください。というのは、ボサノヴァ・ファンが聴いていちばんしっくりくるシコの作品はこのRGE時代のものだと思うから。このセカンドにはエリス・へジーナやナラ・レオンのカヴァーが印象的なデュエット曲「仮面舞踏会の夜」をはじめ、「コン・アスーカル・コン・アフェイト」「ケン・チ・ヴィウ、ケン・チ・ヴェ」など、リオに住む人たちを小説的視点で描いた、シコにしか書けない名曲が多数収録されています。
ジャヴァン(Djavan)
ミルトンとはまた違った黒人的な「しなやかさ」を持ったアーティスト。パーカッシブなギターと伸びやかなヴォーカルが大きな魅力。クインシー・ジョーンズが彼の音楽を初めて聴いたとき驚愕したそうです。近年のアルバムはこなれ過ぎて少し流れて行きがちな気もしますが、初期の若々しい頃のアルバムは誰にも真似出来ない躍動感に溢れています。クラブ系のファンにも受け良さそう。
『ジャヴァン』
『声・ヴィオラゥン・ジャヴァンの音楽』と題されたファースト・アルバム。爽やかな春風のような作品。エグゼクティヴ・プロデューサーがエレンコ・レーベルの設立者だったアロイジオ・オリヴェイラなので、これ以降の作品と比べるとボサノヴァ色が高めです。ジャケット裏にギターを抱えた天使のイラストが書かれてありますが、まさにこのアルバムのハッピーな雰囲気をよく現しています。天才ベーシスト、ルイザォンのグルーヴにも耳を傾けてください。
ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)
カエターノ・ヴェローゾらと共にポスト・ボサノヴァ期に「トロピカリア」という英米のロックの要素を取り入れた音楽ムーブメントを作った中心人物。一風変わった歌詞が印象的。レゲエを熱心に取り入れていた時期もあったりして、スタイル的には変化し続けていますがやはり根底にはジョアン・ジルベルトに影響を受けたことがわかるボサノヴァ感覚を持っています。ライヴでは黒人らしい、エネルギー一杯のパフォーマンスで聴衆を盛り上げまくります。ヴィオラォンも実にうまい!
『ロウヴァサォン』
1967年のデビューアルバム。ジルベルト・ジルにボサノヴァ的なアルバムがあるのかな? と疑問を持つあなたにこれをお教えします。もちろん典型的ボサノヴァのようなボソボソっという歌い方とは少し違いますが、このサウンドはボサノヴァと言って問題ないでしょう。同時期のエレンコのアルバムと比べても、そう違いは無いと思います。「Maria」なんて曲はマルコス・ヴァーリが歌っていても不思議ではないくらいボッサなテイストです。カエターノ&ガルの『ドミンゴ』を好きな人も聴くべきですよ。
エドゥ・ロボ(Edu Lobo)
ブラジル音楽がクラブでもてはやされるようになって久しいのですが、クラブ・キッズに超うけたエリス・レジーナが歌う「ウッパ・ネギーニョ」の作者がこの人。以前Gショック・ブラジルモデルにまでこの曲が入ってました。クラブでうけたなんてことは本人には全く関係のないことで近年はけっこう地味な活動をしています。この人の曲の特長は「ウッパ・ネギーニョ」を聴いてもらえばわかるようにちょっと変わったメロディーラインを持っていることでしょうか? 曲調もダークなものが多いです。ジョビンやマルコス・ヴァーリ等と正反対のプロテストソング的な歌詞も迂闊に近寄れないとっつきにくさを持っています。とはいえ歌声は渋くサウダーヂ感覚(ブラジルならではの郷愁感とでもいうような感覚?ちょっと説明は難しいのでおいおい感じていってください。)もしっかりあります。シコ・ブアルキと同様にちょっと最初はわかりづらい人といえましょう。
『エドゥ&トム、トム&エドゥ』
タイトルどうりトム・ジョビンと共に録音した1981年の名盤。ジョビンの作品とエドゥの作品がほぼ交互に収録されています。ヴォーカルも交互に取っています。一言で言えば「渋い」作品。基本的にバックはアコースティック楽器のみですが、60年代のボサノヴァとは少し肌触りは違います。「エリス&トム」のエドゥ版といえばわかりやすいかな。
ジョアン・ボスコ(Joao Bosco)
ジョビンの次にエリスに曲を取り上げられた数が多いシンガー・ソングライター。オーソドックスに聴こえるサンバ調の曲が多いけど、本人が弾き語るとサンバとは別次元のMPBとしか言い様のない、歌とギターのアンサンブルを聴かせてくれます。すごすぎて聴衆がついていけないほどアヴァンギャルドな世界に行ってしまうこともありますが、基本的に優れたソングライターであることは間違い無いです。
『ライヴ』
すんごいリズムで、すんごい声で歌い弾きまくるライヴ。ギターと声だけでここまでできるのかと手品を見るようなすさまじさです。ホントに自分で弾きながら歌っているのでしょうか? ライヴを見たことがないのでなんとも言えませんが今度来日したらぜひ一度見てみたいです。
(後日談)1999/6/20に遂に来日ライヴを見ました。やっぱり凄かったです。上記のライヴほど鬼気迫るものはなかったものの、職人的な非のうち所の無い完璧な演奏でした。店を出るときサインをねだったのですが怖そうなイメージと違い?!気さくに答えてくれてますますファンになりました。
イヴァン・リンス(Ivan Lins)
珍しくキーボード中心のMPBサウンドを聴かせるアーティスト。MPB界屈指のメロディ・メイカーと言って間違い無いでしょう。ハーモニー感覚も斬新で、北米のリスナー/ジャズ系ミュージシャンからも絶大なる人気を誇っています。独特のハイトーンを駆使した切ないヴォーカルもとても魅力的。
『シャーマ・アセーザ』
ピアニスト/キーボーディストのジルソン・ペランゼッタとのコラボレーションが最高潮に達した時期の傑作。イヴァンのイマジネーション豊かなメロディーラインを装飾するジルソンのエレピ、シンセザイザー、ピアノが素晴らしすぎて、知らぬ間に異次元の世界に連れて行かれます。映像が目に浮かぶような「レンダ・ド・カルモ」は必聴。もうカッコよすぎ!
『今宵楽しく』
イヴァンのソングライティングが円熟の域に達した1977年作品。これを聴かずしてMPBを聴いたことにはならないとさえ思える完成度を誇るイヴァンの代表作品です。「ヂノラー、ヂノラー」、「ソモス・トードス・イグアイス・ネスタ・ノイチ」等いまだにライヴでは歌い継がれる名曲が満載。様々なリズムを使ったリッチなアレンジも最高です。
ジョルジ・ベン(Jorge Ben)
セルジオ・メンデスが大ヒットさせた「マシュケナダ」の作者。現在もブラジルの聴衆に絶大な人気を誇っていて若年層までもファンに取り込み続けています。なんといっても独特のファンキーなねちっこい歌い方が魅力。典型的なボサノヴァのような洗練された感覚はあまり無いけど、黒人ならではの泥臭さが、きれいすぎるボサノヴァばかり聴いた後には新鮮に聴こえます。
『サンバ・エスケーマ・ノーヴォ』
ボサノヴァ・ファンが聴くべきジョルジ・ベンの作品はずばりこれ! 1963年発表のファーストアルバムですが、ちょっとでもブラジル音楽を聴いたことのある人なら知っているメロディのオンパレード。セルメンで有名な「マシュケナダ」、「ショーヴィ・シューヴァ」、マリーザ・モンチもカヴァーした「バランサ・ペーナ」等いい曲がいっぱいで、これがファーストとは信じがたい高密度。サウンドも70年代以降のサンバ・ソウルではなく、ボサノヴァといっていい感触です。
トッキーニョ(Toquinho)
ヴィニシウスといっしょに活動していた時期が特に輝いているシンガー・ソングライター。ソングライター的にはボサノヴァの洗練とは少し違う気がしますがギターはべらぼうに上手い。「この人が弾いている楽器は僕が今弾いているこのギターと同じ物なのか? どう考えても違うのじゃないの」と思えるほど軽々と難易度の高いフレーズを弾いてしまうのです。脱帽。
『サォン・ヂマイス・オス・ペリーゴス・デスタ・ヴィーダ…』
トッキーニョ&ヴィニシウスとして3枚目にあたる1971年のアルバム。全曲2人のオリジナル曲です。ちょっとショーロ風の「ショランド・プラ・ピシンギーニャ」や名曲「ヘグラ・トレス」が聴きどころ。ヴィニシウス&トッキーニョのヴォーカル、コーラス、そしてシャープなトッキーニョのギターワークを存分に楽しめます。
ホーザ・パッソス(Rosa Passos)
現在活動しているボサノヴァを中心に演奏するパフォーマーの中では、ダントツに素晴らしい女性アーティスト。オリジナル・ボサノヴァアーティストではないのでここに書きますが、マジにこの人は万人にお薦めしたいと声を大にして言いたいです。本人を目の前にすると普通の小柄なおばちゃんなのですが、ひとたび演奏すると少女のような可憐な声で複雑なアレンジをものともせずギターもかなり上手い。オリジナル曲も高いクオリティを持っていて言うこと無し。僕が最もお薦めしたいアーティストのひとりです。
『オ・メリョール・ヂ』
ヴェラスからリリースされていたアルバムからのベスト盤。オリジナル曲があまり収録されていないのが少し残念ですが、彼女の魅力を知る一枚目には良いアルバムです。この人はオリジナルボサの誰に似ているというのではなく完全に自分の個性で勝負でき、そのうえで良質なボサノヴァを提供できる、いそうでいない貴重な現役アーティストです。
ジョイス(Joyce)
昨今のイギリスのクラブシーンで火がついたアーティスト。男勝りと言う感じがどうしても僕はしてしまうのですがさすがに演奏は凄い。スタンディング・スタイルでギターを低めに持ちながらも、バリバリ難しそうな曲を踊るように弾き語ってしまうところを見てしまうと「一生この次元に僕は辿り着けないな」と悲しくなってしまうほど超絶。声も伸びやかで歌もうまくて言うことなし。進化したボサノヴァと言う感じで僕は見ております。
『「フェミニーナ」そして「水と光」』
1980年『フェミニーナ』と1981『水と光』のカップリング。80年代前半の欧米の音楽は一部を除き今聴くとダサダサのサウンドなんですが(進化途中のデジタル機材によるところが大きい)。アコースティック・サウンド中心のブラジル音楽にはそんなところは微塵もありません。そこがクラブDJに気に入られる由縁なのだと思うのですが、クラブうんぬんは抜きにしてもこのアルバムのジョイスは凄い。どのアーティストにも「凄い」を連発してしまい「どれが一番凄いねん」と思われるでしょうがやっぱりこれも「凄い」。クラブでかかるグルーヴィーな曲以外も名曲揃いなのでけっしてスキップしないで全曲を聴いてください。
ガル・コスタ(Gal Costa)
カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルらと共にバイーアから現れた女王。アストラッドと違ってこの人には声の衰えが全く感じられません。ソングライターではないので取り上げる曲やアレンジャーによってアルバムの出来はまちまちですが、エリス亡き後の女性MPBヴォーカリストの最高峰であることは疑いようがないでしょう。本当に艶やかな声で聴いている時、脳からα派が出ているに違いありません。
『ガル・カンタ・カイミ』
ガル・コスタはMPBの歌手ですが非常に大衆からも人気がある人なので、アルバムもその時代の流行を反映した音になっていて、正直今聴くと時代遅れの感があるものもあります。そんな中でぜひ聴いて欲しいのがこの1976年作『ガル、カイミを歌う』です。カイミとはガルと同郷の偉大なるサンバのシンガー・ソングライター、ドリヴァル・カイミのことで、ジョアン・ジルベルトもカイミの曲を多く歌っています。このアルバムはそのカイミの曲を70年代当時の典型的MPBサウンドで演奏していて、とてもグルーヴィーかつしなやかな感触を持った素晴らしい作品です。「So
Louco」「Nem Eu」等のバラード曲も絶品。
『チェシャ猫の微笑み』
1994年発表のアート・リンゼイ・プロデュースによる作品。アートがプロデュースといってもアヴァンギャルド性は全く無く非常にオーソドックスでいて、かといってアート以外の人にはできなかったであろうハイセンスで無駄のないシンプルな作品に仕上がっています。ガルの声もいつも以上にスムーズで若々しい。近年のガルのアルバム中のベストだと僕は思います。カエターノ・ヴェローゾ、ジョルジ・ベン、ジルベルト・ジル、ジャヴァンにすべて書き下ろしの曲を提供させるなんて女王ガル以外の誰に出来ましょう。
ミウシャ(Miucha)
シコ・ブアルキのお姉さんで、アストラッドの次のジョアン・ジルベルトの奥さん。(すでに別れていますが、娘さんはべベウ・ジルベルトといい、ニューヨークで活動中。テイ・トウワの作品等に参加してます。→2000年に発売されたオリジナルアルバムは好内容で評価も高い)オリジナル・ボサノヴァ・アーティストではないのですが、本人いわく「スーパー・ボサノヴァ・マニア」だけあって、完璧にボサノヴァの雰囲気を理解した艶やかなヴォーカルは非常に心地好いです。声質もハスキーな独特のもので僕は大好きです。
『ミウシャとアントニオ・カルロス・ジョビン』
題名どうりジョビンとの共演作。というかジョビンがサポートしたミウシャのファースト・ソロ・アルバムと言うべきでしょう。レパートリーは幅広く「ジェット機のサンバ」を中心にシコ、ジョビンの曲はもちろんのこと珍しいヴィニシウスの作曲したナンバーやジョイスのもと旦那さん、ネルソン・アンジェロの曲なども取り上げています。とにかくミウシャの声がいい。逆に言うとこの独特な声が苦手な人は楽しめない作品かもしれません。
シモーネ(Simone)
最近まであまり意識してなかったのですが、今年夏頃(98年)買った70年代のアルバムが非常に良かったので自分の中でぐっと注目度が上がっています。そのアルバムは『ファシ・ア・ファシ』。ミナス派のメンバーが参加していて音の感触ももちろんミナス派そのもの。ちょっと中性的な低い声のシモーネのヴォーカルがとてもバックの音とマッチしていて良いです。
『ファシ・ア・ファシ』
CDだと多分他のアルバムとの2イン1で出ています。僕の好きなトニーニョ・オルタの「セウ・ヂ・ブラジリア」とかシコ・ブアルキの「ウ・キ・セラ」とかいい曲がたくさん。シモーネはアルバムによってコンポーザーやサウンドの感触がまちまちですがこれは僕好みでした。
マリーザ・モンチ(Marisa Monte)
ルックスと歌唱力両方を兼ね備えた、現在のMPBシーンを代表する女性シンガー。アート・リンゼイらニューヨークの先鋭的アーティストとも交流がある。何かが飛び抜けて凄いアーティストでは無いけどトータル・バランスでいくとやはり若手ナンバーワンであることは間違いないでしょう。
『バルリーニョ・ボン』
容姿端麗なマリーザを楽しむため異例のヴィデオ紹介にします。同名のアルバム(邦題『グレート・ノイズ』)のヴィデオ盤ですがゲストが豪華で名サンバ歌手パウリーニョ・ダ・ヴィオラに始まり再結成したオス・ノーヴォス・バイアーノス、極め付けはもはや国際的に認知された感のあるバイーアの鬼才カルリーニョス・ブラウンなど次から次に出てきます。もちろんマリーザの歌も素晴らしいので、輸入盤しかないけど探して見る価値あり。
レイラ・ピニェイロ(Leila Pinheiro)
声質と歌い方がエリスに似たところがある実力派アーティスト。ブラジルに旅行したときリオのカネカォンという名門ホールでライヴを見ているだけに僕にとっては思い出深いアーティストです。その時のステージは『ボサノヴァにあふれる思い』というアルバムがリリースされた時のものだったのでほんとうに申し分ないほど楽しめました。日本でも人気の高いアーティストです。
『ボサノヴァにあふれる思い』
ジョアン・ジルベルトが歌ったことで有名になったボサノヴァの名曲をオーソドックスかつ豪華なアレンジで聴かせる。ライヴを見て感動し、ブラジルでこのCDを買ってきていまだに聴き続けています。この中のレパートリーからも影響を受け自分でも歌っている曲が何曲かあります。
レニーニ&スザーノ(Lenine & Suzano)
シンガーソングライターのレニーニとパンデイロの名手スザーノのユニット。来日公演も記憶に新しいので、名前くらいは知っている人もいるのではないでしょうか。ボサノヴァとはもうかなり遠いところに来てしまっていますが、ブラジルでしか生まれ得ない斬新なサウンドを持ったユニットです。それぞれソロでアルバムをリリースしていますがいずれも評価が非常に高い。ライヴがアルバムに輪を掛けて凄すぎる。たった2人で演奏しているとは信じられない奇跡的なパフォーマンスを展開してくれます。
『オーリョ・ヂ・ペイシェ』
レニスザ名義の唯一のアルバム。基本的にレニーニの歌とギター、スザーノのパンデイロ(サンバで使用されるタンバリンに似た楽器)の音しか入っていないのですが、打ち込みで重厚に組み立てられたのかと思うほどの非常にタイトかつ高度な演奏。曲調はボサノヴァのようにナゴミ系ではなく、聴くものに緊張感を与えるロック的なものが多いけど今までに地球で作られた事のない種類の音楽であるのは間違いないです。
『未知との遭遇の日』
1997年作レニーニのソロ。レニスザの作品に比べるとテクノロジーを上手く導入してサイバーな音になっているけど基本的な曲調はレニスザ作と同様のレニーニ節が楽しめます。もちろんスザーノのパンデイロも聴けます。スザーノのソロアルバムもあるけどこちらのほうがレニスザの音に近い。
アナ・カラン(Ana Caram)
最近はちょっと売れ筋のサウンドになっちゃったのですが、基本的にボサノヴァを理解した実力のあるアーティストだと僕は思います。ジョイスを少しクールにした感じと言いましょうか。ぜひMPBファンにも楽しめるサウンドを復活させてほしいものです。
『もうひとつのジョビン』
タイトルが示すようにジョビンの、超有名曲ではないけど重要な渋い曲ばかりを歌った曲集。ここが少しボサノヴァをつっこんで聴いてきた人には嬉しいところ。逆にいうとボサノヴァ初心者には渋すぎる作品かもしれません。バックのサウンドもアナの歌もかなりクールなのはブラジルではなくNYで録音されたからかな?地味な作品ですが僕の愛聴盤です。
マリア・ベターニア(Maria Bethania)
カエターノ・ヴェローゾの妹。ガル・コスタが“女王”ならマリア・ベターニアは“巫女”と例えられるように強烈なカリスマ性を持っています。独特のしわがれた低い声はかなりくせがありますが、ブラジル人にとってはなくてならない歌手。ステージでの表現力はそこらの若手歌手には絶対真似ることの出来ない深い世界です。
『エドゥ・イ・ベターニア』
病気で倒れたナラ・レオンの代役としてショー・オピニオンに出演するためにリオにやって来たベターニアがたちまち注目を集め、RCAでのファーストに続き1966年にエドゥ・ロボと共にエレンコに録音した作品。恐るべきことに現在とほとんど変わらない力強く包容力のある歌声をすでに聴かせています。北東部テイスト強し。
ナナ・カイミ(Nana Caymmi)
数々の名曲が未だに多くのアーティストに歌われているブラジル音楽界の至宝ドリヴァル・カイミの長女。自ら作曲することはなく、歌手に徹したその包容力のある歌声、表現力で常に妥協の無い最上級のMPBを聴かせてくれます。
『ヘナセール』
彼女はエレンコでファースト・アルバムをリリースしているので、このホームページ的にはそちらをとりあげるべきなのかもしれませんが、ここでは個人的に一番気に入っている76年作品『ヘナセール』を紹介します。このアルバムでのナナは弟ドリ・カイミのプロデュースによる陰りを帯びた深みのあるミナス系のサウンドをバックに、彼女にしか成しえない芳純な大人の世界を紡ぎ出しています。もう一人の弟ダニロもギターで参加(この3人兄弟でお父さんの歌を歌うCDをリリースしたのも記憶に新しいところ)。ジョアン・ドナート、エリオ・デルミーロ、ネルソン・アンジェロ、ミルトン・ナシメント、ノヴェリ等錚々たるメンツが参加した絶頂期のMPBサウンドと言えるでしょう。
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